スルッとKANSAIおでかけ情報誌 Asobon!web

町のお店をこよなく愛するみなさんにお気に入りの一軒を紹介してもらいました。

ウサギノネドコ

3軒目

  • 京都市中京区
  • 阪急電車、京都市営地下鉄

古くて美しく謎に満ちた、二城城近くの鉱物店。

[ウサギノネドコ]をはじめて訪れたときの感慨を、私はよくおぼえている。私はずっと、どこかにこんなところがあると確信していたのだ。こんなところというのは、どれと指して名前を挙げることはできないけれど、たくさんの小説に書かれ、読んできたおぼえのあるお店のことだ。古くて美しくて特別なものが売られている、薄暗くて謎に満ちたお店。なんだ、ここにあったんだ、と私は思った。だから二度目に訪れたとき、何の問題もなく駅からすんなりとこの[ウサギノネドコ]にたどり着いたことに、私はとても驚いた。小説ではそういうお店は、二度と見つけることができなかったりするから。

今はもう、[ウサギノネドコ]がちゃんと実在しているということに慣れた。でも慣れたからと言って、このお店が私にとって魔力を失ったわけではない。

[ウサギノネドコ]の時間は止まっている。

お店に行くたび、私はそう思う。なぜならそこに並んでいる鉱物や化石や骨は、時間による変化をもう強いられることはないから。芽吹き、花を咲かせ、種を結び、やがて枯れる植物さえも、それぞれの段階でアクリルの立方体に閉じ込められ、眠っている。

もちろん、本当はそうじゃないことはわかっている。それらの品物は、もっとも活発でドラマチックで劇的であっただろう変化の時期をすでに乗り越えたというだけで、これから先も長い長い時間のあいだには劣化や損傷というかたちで変化を強いられることだろう。実際、私はここで買ったプリズム石を、家に持ち帰るなりさっそく床に落としてはしっこを欠けさせてしまった。プリズム石は透明で、本のページの上に置くと、文字が二重に見えるすてきな石だ。私のプリズム石はひし形に近い平行四辺形で厚みはあまりなく、チョコレートみたいに指でつまむことができて、断面が斜めになっている。欠けて散らばったのを探して拾うと、もとの石とそっくりの、断面が斜めの平行四辺形のかけらになっていて、申し訳ないのとかわいらしいので笑ってしまった。

だから、こんなふうに、時間が止まることは決してないのだということを、私は身をもってよくわかっている。それでもやはり、[ウサギノネドコ]では時間が止まっているのだと思うことを、私はやめられない。プリズム石が欠けたのは、きっと私があのお店から持って出てしまったからだ。

鉱物をはじめ「自然の造形物を扱うお店」はまるで博物館。標本の種類など代表の吉村さんが丁寧に教えてくれた
藤野さんお気に入りの黄鉄鉱。ペルー産でひとつ2,600円(税抜)

最近、黄鉄鉱を買った。黄鉄鉱は立方体じゃないかもしれないけどまあそんなふうに見える結晶があちこちを向きつつがっちりと組み合った、金属みたいにぴかぴか光るすてきな石だ。結晶の組み合い方や大きさがそれぞれちがうので、なかなか選ぶことができず、結局二つ買った。仕事机のパソコンの隣に、並べて置いている。一つ目は、無数に重なる結晶の中にひとつ特に大きなものがあって、それが気に入って買った。そこをじっと見ていると自分がどんどん小さく小さくなって、その結晶のてっぺんの面でテントを張ってのんびり野営でもできるような気がしてくるのだ。二つ目の黄鉄鉱は、結晶の粒がどれもとても小さくて光を反射する面が多く、ちょっと持って角度を変えるだけでものすごくぴかぴかする。その、他よりいっそうぴかぴかするというところに惹かれて買ったのだが、持って帰ってよく見ると結晶と結晶のあいだに隙間があって洞窟が存在することに気がついた。今度、仕事に行き詰まったら、その洞窟の奥に分け入ってちょっと冒険してくるつもりだ。

アクリルの50mmの立方体に鉱物等が流し込まれたオリジナル商品「Sola cubeシリーズ」が大人気
 
 
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Data

ウサギノネドコ

ウサギノネドコ
交通
京都市営地下鉄 西大路御池駅下車すぐ
阪急 西院駅下車徒歩約15分
住所
京都市中京区西ノ京南原町37
電話
ショップ 075-366-8933 カフェ075-366-6668
営業時間
ショップ 11:00 ~ 18:30 カフェ11:30 ~ 20:00(L.O.19:00)
定休日
木曜休

著者プロフィール

藤野可織

藤野可織

小説家。2006年、「いやしい鳥」(2008年同名『いやしい鳥』(文藝春秋)に収録)で第103回文學界新人賞受賞。2009年には、「いけにえ」が第141回芥川龍之介賞候補に。また、2012年「パトロネ」が野間文芸新人賞候補に選出。翌年、「爪と目」で、第149回芥川龍之介賞受賞。2014年『おはなしして子ちゃん』で第2回フラウ文芸大賞受賞。

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