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第1回 塗装のお仕事~阪急電鉄正雀工場編~

社局のお仕事

第1回 塗装のお仕事~阪急電鉄正雀工場編~

  • 阪急電車

通勤、通学、おでかけに日々使う電車にバス、その知られざる舞台裏の仕事をお伝えするこのコーナー。記念すべき第1回目は、「電車の塗装をするお仕事」。そして、今回お邪魔したのは、独特のマルーンと呼ばれるカラーが特徴の阪急電鉄の正雀工場です。1968年(昭和43年)に現在の正雀工場が完成し、その広大な敷地で阪急電鉄の保有するすべての車両検査を一元的に実施しているそう。そんな工場内で技術部一筋42年のベテラン工場課管理係・小澤さんと運輸部の辻さんに塗装について聞いてみました。

——とても広い工場ですね。

小澤「そうですね。工場部のみで61,460㎡。正雀車庫の敷地も合わせると107,126㎡になります」

この眺めだけでもかなり広いが、ここは工場全体のごく一部。総面積は阪神甲子園球場、約2.5個分(編集部調べ)

 

——この工場では主にどんなことをされているんでしょうか?

小澤「正雀工場では、法律で決められている4年に一度実施される“重要部検査”と8年ごとに行う“全般検査”、それらのメンテナンスと同時に塗装を行っています」

——なるほど。ちなみに、この正雀工場ですべての車両を点検しているとパンフレットに書いてありましたが、総台数というのはどれくらいなんでしょう?

辻「現在、およそ1300両です」

——凄い数ですね! それを毎日行うわけですか?

小澤「はい。基本的に8両編成で工場に入場させますので、1日1両または2両づつ工場建屋の中に入れ、それを1車両7日間の工程で、検査していきます。この工場では年間300両の検査を施工しています。そして、車両が工場に入場した日は、朝から車体外部の水洗いを行います。我々はお客さまにご乗車いただく部分を車体、車輪の付いている部分を台車という呼び方をしますが、午後には、クレーンを使用して車体と台車を分離させ、それぞれ別の作業場で検査と手入れを行っていきます。車体は車体工場とよんでいるところで5日間かけて検査を行います。車体工場の中に、塗装線という箇所があり、5日目にその塗装線に車体を移動させて塗装を行います。今日は、その塗装の工程を見ていただきます」

こちらは水洗い。仕上がりを良くするために、水洗いを人で行うのが阪急流。
下地パテの補修は工場内に入る前、外で行われる。

一車両ずつ検査と塗装を行うため、車両ごとに検査内容が違う。

 

——7日間の工程が終わると、8日目にはまた、お客さんを乗せる線路へと帰っていくわけですか?

小澤「いえ、検査後試運転を行い、調整を終えてようやく出場して行くという流れになります。8両編成すべての検査が完了するのにおよそ2週間はかかります」

——なるほど。それでは塗装についてですが、水洗いの後は、どんな流れになるんですか?

小澤「水洗いをしたら、次に行うのはパテ付けをしていきます。阪急の車体は全て鉄かアルミでできています。長年走行するとパテに痛みが出てくるので、それを補修する必要があります。そのために、パテ付けを行うのですが、マルーンカラーというのは、このパテ付けの技術が問われるんです」

——と、言いますと?

小澤「マルーンは光沢がありますし、深みのある一色で塗られるため凹凸が目立ちやすいんです。ですので、このパテを上手く塗るか塗らないかというので、仕上がり具合が大きく変わってきます。やっぱりパテが綺麗なのは、塗装の仕上がりがいいですね。また、パテ付けをする面積が大きいと一度の塗装ではパテが浮き出てくる可能性があるので、車体によっては下塗りをするものもあります」

白く塗られているのがパテ。この塗りの良し悪しが完成に大きく影響するのが、阪急マルーンの特徴。

 

——普段利用している時には、気にしてなかったですが、そういうこだわりがあるんですね。

小澤「こだわりと言うほどでもないんですけど(笑)」

——そのパテ塗りが終わったら、次は?

小澤「マルーンを塗るための養生です。検査が終わった車体は、まず最初に窓や側扉、屋根など塗装しない部分を養生します。そして、クレーンを使用して塗装線に移動させます。塗装は、車体上部のアイボリーを先に塗り、その後、マルーンを塗っていきます。」

 

養生中。よくみると車体に拭き取った後が見えるのは、汚れなどを取り除き、仕上がりをできるだけ綺麗にするための工夫。

いよいよこれから塗装へ。奥に見えている緑の自動塗装装置が前後し車体を密閉空間で自動塗装。

——このマルーンカラーは、自動で塗られていくんですか?

小澤「そうです。今はひとつのノズルが塗装装置の中で自由自在に動いて、両サイドから塗っていきます」

——今はというと、以前は複数本だったんでしょうか?

小澤「そうなんです。以前は、ふたつノズルがありまして2度塗りみたいな形で行っていたんです。そうすることで、少し起伏があるような質感に見えて、深みのある感じが、個人的には好きだったんです。比べてみても分からないくらいの違いかもしれませんが、以前よりも赤みが強くなっていると思います。」

約40分後塗装が完了した車体が塗装装置から出てきました。少し表面が溶けたチョコレートの様な印象。

 

——というと、やはり色は少しずつ変わってきているんですね?

小澤「昔と比べるとマルーン色も少しずつ変わってきています。戦前のころはもっと茶色に近い色でした」

——そもそも阪急マルーンは、凄く特徴的な色だと思うんですが。

小澤「実は、日本の電車はもともとこの色だったんです。国鉄色なんていわれることもあったようですが、茶色っぽい色をした電車がほとんど。でも、戦後になり、各社が色を変えた」
辻「でも、阪急はその色を変化させながら使い続けたんです。そうしたところ、逆に特徴的というか、分かりやすい。と捉えられるようになったんだと思います」

——それは知りませんでした! ちなみに、マルーンはお好きですか?

小澤「好きか嫌いか、よく取材で聞かれたりするんですが、毎日見ているとそういう感情はなくなりますね(笑)。でも、旅行などに行って帰ってきて、この車体や色を見るとホッとするというのはあります」

——愛着が湧いているということですかね。

小澤「それでいうと、以前、携帯電話を選ぶときに阪急電車の色に似ているからこれにしようと選んだということはありますね(笑)」

——(笑) 色の変更はこれまで一度もなかったんでしょうか?

辻「実は1度あります。アメリカ博覧会が西宮球場で開催されたときに、特別に走らせた電車がクリーム色と水色のツートンだったという記録があるんです」

小澤「今のラッピング車両のような、催し物のPRという意味があったと思うんですが」

——イメージが定着していますし、それからの変更は難しいところもあるでしょうね。塗装は機械塗りですが、当然手塗りの時代もあったんですよね?

小澤「1984年(昭和59年)には自動塗装化されていましたが、それ以前は人の手による吹付け塗装でした。内装も今は壁紙をアルミ板に貼り付けたようなアルミデコラと呼ぶものを貼っていますが、昔は木でしたから、大工道具を持って仕事をしていました。その頃の方が、今よりも職人たちの集団という雰囲気が強かったです。そもそも、私が職場に配属されて一番始めに渡されたのは、ノミ、カンナ、のこぎりでしたし」

——まさに大工!

小澤「内装が木でできているものもまだ多かったので」

——で、この塗装が終わったら、後は養生を外して完成ですか?

小澤「基本的にはそうです。塗りが非常に悪い場合は、もう一度やり直す場合もあります。終わったら、養生を外して、乾かないうちに修正を行います。速やかにしないと全部乾いてしまいますので、塗装直後にやらないといけない作業です」

まだ完全に乾いていないうちに養生を慎重に手早くとります。
ちなみに、こちらの車体はパテがうまく塗れていたため仕上がりも綺麗。仕上がりは、斜から見ると良く分かります。

 

塗装のはみ出た部分や細かいところは、人の手で行います。あまりに仕上がりがひどいときには、塗り直しもあるそうです。

 

——養生を外すと新品の電車みたいですね。

小澤「そうなんです。この瞬間が一番ワクワクします。養生をしているときは、どこかおもちゃのような、作り物(?)という気さえしますが、外すと完成した本物の電車が現れるという、この仕事をしていて一番高揚する瞬間でもありますね」

——この姿を見ると、普段乗っているだけでは意識しない、人の仕事が見えて、機械的に全てが回っているような錯覚をおこしていると、気付かされます。

最後は、車体部分と台車を組み合わせます。この台車部分、約五トン。小澤さん曰く「電車はゴトンゴトンと走るので約5トン」とのこと。

小澤「そうですか。ありがとうございます。」

 

阪急電鉄HP
http://www.hankyu.co.jp

阪急電鉄 車庫・工場見学の案内
http://www.hankyu.co.jp/approach/kengaku/

撮影:増田好郎

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